読書の種を育てるブログ

本が読みたい休日のすすめ

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額賀澪「転職の魔王様」

 

こんにちは!小町です。

 

新年度が始まり、希望に胸を膨らませた学生の方々や、新しいスーツに身を包んだ新社会人もしくは就活生の方々をよく街で見かける季節です。まぶしいですね。

 

私が勤める会社にも、新入社員が入りまして教育担当という役割を仰せつかっておりますが…とってもプレッシャーでございます。

 

というのも、昨今は〇〇ハラスメントなんかで、「この言い方はまずくないだろうか」と常に考えてコミュニケーションをとる日々。

迎える側もなかなか悩みは尽きません。

 

そんな新年度に、

まさかの額賀澪「転職の魔王様」を取り上げます。(笑)

 

近年は大転職時代の到来!?なんて言われていますが、増え続ける転職希望者や労働をめぐる問題について、いま一度自分なりに考える機会としてみます。

 

 

 

あらすじ

新卒で入社した大手広告代理店を3年で退職してしまった未谷千晴。叔母が経営する人材紹介会社シェパード・キャリアで転職活動をスタートするが、担当になったキャリアアドバイザーは「転職の魔王様」という異名を持つ来栖嵐だった。

 

ドラマにもなっていましたし、エンタメ感もあるので読みやすい内容です。

 

増え続ける転職希望者

総務省が発表した「労働力調査2023年平均結果」によると、転職者数は328万人で1年前と比べ25万人増加。また転職希望者数としては1007万人と7年連続で増えており、潜在的に転職したいと考えている人もとても多いということが分かります。

 

先程、希望に満ちた新社会人といいましたが、その一方で4月に入ってから2週間足らずのニュースでは、「退職代行サービス」の話題が取り上げられ、入社して数日の新入社員からの依頼も殺到しているのだとか。理由としては「入社前に聞いていた話と違う」ということが多いそうですが、自分の働く環境に対して違和感を敏感に感じ取っているのかもしれません。

 

実際、終身雇用制度がほぼ崩壊している現代においては、同じ会社で働き続けることのメリットは少なくなっています。転職することで、早いキャリアアップや給与アップを狙い、待遇を改善しようとするのがスタンダードになりつつあります。

 

同時に、キャリアアップの前向きな印象付けをするCMなどの宣伝効果によって、転職がネガティブなものだというイメージも払拭されつつあるのではないでしょうか。

 

そんな転職がある一方、この本の主人公のように、パワハラと激務で心身に影響を受け、会社に行けなくなり、退職・転職を選ぶ人もまだまだ多いのだと思います。

 

労働をめぐる諸問題

業務内容や過労、人間関係…。働く環境には多くの課題があます。

最近でも、トラック運転手の過労により居眠り運転での事故や、パワハラによる若者の自殺のニュースを目にしました。

 

この小説はそれらを間接的に取り上げ、また新たな人生の第一歩を助けてくれるキャリアアドバイザーの仕事にも焦点が当てられます。

 

ストーリーの後半は来栖の過去、過労で事故を起こし自身も亡くなってしまった女性とその被害者、そして遺族や恋人をめぐって展開します。

 

人は働いてお金を稼いで生きていて、一日の大半は労働に費やしているのですから、どんな職場で誰と、何を仕事とするかは、生き方に直結するといっても過言ではありません。

しかし、仕事で心を病んだり、まして命を落とすようなことはあってはいけないと思います。

 

「必要とされる場所で働きたいんですか?そうやって、自分の価値を他人の価値観に委ねるから、ブラック企業で扱き使われて壊れたら捨てられるんですよ。自分の価値くらい自分の価値観で測ったらどうです?」*1

 

主人公の未谷は、大手に就職したら親が喜ぶから、一生懸命動いたら認めてもらえるからと、ずっと他人軸で自分の生き方を評価していました。

キャリアアドバイザーの来栖は冷たくて厳しい人ですが、彼の言葉には誰よりも自分と向き合うことを促してくれます。

 

この本の中で印象に残ったのは「自分が尊敬できる人の元で働きたい」という希望を口にした若い男性です。

最初は漠然と、ここから離れたいという気持ちしか出てきませんでしたが、今の環境の何に対して不満を感じているのか、自分が大切にしたい生き方は何かがだんだんと見えてきます。

疲れたら一度、立ち止まって考えてみるといいかもしれません。

 

あとですね、この小説の中でやたらと食事をするシーンが多いなと思ったのですが、主人公が味覚障害になっていることを明かされるまで全く気が付きませんでした💦

確かに、触感や見た目のことしか描写されていないんです。

 

細かなことに気づく力も大事ですね。

社会の仕組みだけでなくて、人の無関心も環境を悪くする一つの要因ですから、気づける人でいたいと思いました。(反省)

 

自分の価値観で

特に労働環境が悪いとは言えなくても、給与や働き方で将来の不安などを漠然と抱え、このまま働き続けていいのだろうかと、転職サイトに登録してみたり…なんて経験のある人も多いはずです。

いろんな選択肢があるからこそ、悩むことが多い現代日本です。

 

失敗したくない、自分に合うものを教えてほしい、時間を無駄にしたくない。

飲食店のレビューサイトのように、会社にもレビューサイトがあり、

誰かのおすすめや、あと押しがないと何も決められない世の中になってしまいました。

 

生きやすくなる第一歩は自分の価値観を磨くことではないかと私は思います。

たまにはレビューサイトを見ずに、直感でお店を選ぶことからしてみるのはどうでしょうか。

 

 

額賀澪『転職の魔王様』,PHP研究所,2021年2月.

*1:36頁

多崎礼「レーエンデ国物語」(1)

 

こんにちは!小町です。

 

まもなく、2024年『本屋大賞』の発表ですね。

ノミネート作品の中でも、私の最推しはこちら。多崎礼さん「レーエンデ国物語」です。

 

まず紹介文、見てください。

毛布にくるまって読みふけったあの頃のあなたへーーこんなファンタジーを待っていた!

 

私に言っているのかと思いました。(笑)

幼いころ、夜な夜なファンタジーの世界に浸っていたあなたにぜひ読んでほしい。大人になってもあの時の胸の高鳴りを思い出させてくれる、そんな作品です。

 

 

 

あらすじ

舞台は、西ディコンセ大陸の聖イジョルニ帝国。シュライヴァ州領主家の娘ユリアは親族たちから逃げるように英雄の父ヘクトルと冒険の旅へ出る。呪われた土地レーエンデで出会ったのは射手の少年トリスタン。美しきレーエンデの森に魅せられ、友情と恋を知り、少女の人生は大きく動き出す。

 

革命の話をしよう。

この一文で始まる物語は、別世界の歴史を語る序章から。

後に『レーエンデの聖母』と呼ばれることになる女性の話だということが示され、この語りからどれほど昔の話なのか、どんな革命のことなのか、ここでは詳細が語られません。

彼女の名はユリア―

ユリア・シュライヴァという。*1

 

そうして序章から第一章へ。

壮大な歴史の幕が上がります。

 

すでにわくわくが止まらない始まりです。

 

世界とレーエンデについて

この異世界の情勢も解説しておきましょう。

 

イジョルニ帝国は、神の声を聴く者であり、建国の祖ライヒ・イジョルニが打ち立てた「帝国」ですが、長い間皇帝の座は空位のまま。帝国領は12の州とクラリエ教の法皇庁領からなり、選帝権をもつ法皇が実質の最高権力となっています。

帝国領のいずれにも属さないレーエンデという地域は、建国以前から少数民族が暮らし、自治権が与えられている特殊な場所です。大アーレス山脈と小アーレス山脈、レーニエ湖に囲まれ、行き来も難しいうえ、「銀呪病」という(全身が銀色のうろこに覆われ死に至る)レーエンデ特有かつ治療法のない風土病が存在するため、外部から来るものも少なく呪われた地とも言われています。

その一方で、神秘的な自然と独自の文化が残る場所でもあり、

主人公のユリアは父の「ある目的」の旅に同行しレーエンデの美しさに心を奪われるのです。

 

その描写がなんとも美しい……!

自分がその世界にいるかのように錯覚してしまう没入感。

これぞファンタジーと心が震えました。

読むうちに、ユリアを通して恐ろしくも美しいレーエンデに魅せられていきます。

 

古代樹の森でのウル族との穏やかな暮らしは、ユリアに友情や愛を教え、充実した日々となっていきます。その一方で、法皇領での諍いや領主たちの不穏な動き、銀呪病、ハグレ者の存在など、不穏な陰は静かに忍び寄ってくるのです。

 

少女は英雄へ

物語が大きく動き出すのは終盤、「天満月の乙女」は神の子(悪魔の子)を身ごもってしまいます。さらにトリスタンの命も危うい。

どんな目にあっても、ユリアを守ろうとするトリスタンの姿には終始心を動かされました。

でも僕の命数は尽きかけている。残り少ない命の使い方を間違えれば、ヘクトルとユリアは帝国軍の手に落ちる。それだけは絶対に避けなければならない。*2

 

この一文でトリスタンの覚悟と緊張がひしひしと伝わります。

命に限りがあるから、強く前を向いて生きようとするのです。

 

ハッピーエンドではないかもしれませんが、強く優しく生きた姿が美しい。ユリアは最初にトリスタンのことを「レーエンデそのもの」と表現しましたが最後のシーンを見るとその通りなのかもしれないと思います。

また「おかえり」というために、還ってくるのをレーエンデは待っています。

 

「振り返るな!立ち止まるな!前だけを見て走り抜け!」*3

 

自分は価値のない空っぽな存在だと思っていたユリアですが、彼女の誠実さや強さはトリスタンの心を癒し、そしてお互いを想いあう気持ちが、大きな運命の渦へ飛び込んでいく背中を押してくれています。

 

再びレーエンデの森へ

か弱い少女がどうして英雄になったのか。

私たち読者は、彼らと一緒にハラハラしたり、悲しんだり、応援したりして物語を共に駆け抜けることができます。

そして、彼らが生きた後の世界を知ることもできるのです。

後の物語で彼らの生きた息吹を見つけることができたらと思います。

 

自分の本当の人生を見つけ、何に生きるか決めた姿と、心をつかんで離さないレーエンデの地。

ここでは一つの歴史に幕を下ろし、

物語は100年後、また別の出会いから動き出します。

 

 

 

多崎礼『レーエンデ国物語』,講談社,2023年6月。

*1:11頁

*2:466頁

*3:484頁

柴田勝家「アメリカン・ブッダ」

こんにちは!小町です。

 

名前のインパクトがすごいですよね。柴田勝家さん「アメリカン・ブッダ」です。

これはジャンル的になんと言えばいいんでしょう。宗教系SF?(笑)

民俗学をベースにしたSF全6篇。

やっぱり短篇集はいいですね、好きです。

 

 

 

 

雲南省スー族におけるVR技術の使用例

メアリーの部屋という思考実験をご存じでしょうか。

オーストラリアの哲学者フランク・ジャックソンが考案したもので「クオリア」の存在について考えます。

メアリーは色覚研究の権威で色について知らないことはありません。しかし彼女の部屋はモノクロで構成されており薄暗く自分の肌をはっきり認識できません。そして彼女は生まれてからこの部屋を出たことがないのです。さて、ある日彼女は初めて「真っ赤なリンゴ」を目にしました。彼女は何かを学んだのでしょうか。また、知っているとはどういうことなのでしょうか。

 

この話は、VRのヘッドセットをつけて暮らす少数民族についての研究報告のような形式で進みます。彼らは乳児の時に装着されたヘッドセットをつけて独自に開発したVR世界で一生を過ごします。外部の人には彼らがどんな世界を見ているか分からないのです。

ここで言いたいのは自分たちの世界が本物かということではなく、

自分が理解していると思っている世界の姿を我々は本当の意味で知っているのかということです。

そして、特殊な民族に限らず、隣にいる人とも同じように世界を認識しているとは限らないですよね。

1つ目からすごいのが来たと思いました。

「私の見ている世界が、貴方達の見ている世界と違うことは知っています。しかし、こうは言えませんでしょうか。全ての人が自分だけの世界に生きていると。例えば、貴方はアメリカで生まれ、青年期を過ごし、やがて恋をし、平穏に暮らす。しかしある日、突然に目覚めると自分の横にヘッドセットが転がっていて、自分が中国の奥地で暮らしている少数民族の一人だと知る。逆のこともありえます。私が本当は貴方のようなアメリカ人で、何かの研究で生まれてからずっと、VR空間を通して、スー族という架空の存在として生きているとしたら。自らの人生が仮想のものだと気づいてしまったなら、誰であれ正気を保つことなどできない」*1

 

鏡石異譚

主人公は未来の自分と出会った体験から、その理由を突き止めようとします。

宇宙物理学や素粒子とか、疎いので難しい~と思いましたが、SFを科学の理論で補填していくと現実味が増して興味深いですよね。記憶子という粒子があるとして、記憶は未来に進むように過去の方向にも進み書き換えられていくと捉えることができるということのようです。

ILCというのは実際に現在進行形の計画なんだそうです。

 

邪義の壁

実家にある「ウワヌリ」という壁にお念仏を唱える祖母。その壁の中から白骨がでてくるというホラーな展開。

信仰とは、異端排除の歴史であり、自らを白く塗り固めるための上塗り。罪の正当化なのかもしれません。

 

一八九七年:龍動幕の内

同作者『ヒト夜の永い夢』の前日譚。昭和初期を舞台に博物学者の南方熊楠が奔走する歴史SFです。面白かったので、こちらも読んでみたいと思います。

 

 

検疫官

個人的にこの話が一番好きでした。

空港で検疫官として働くジョンですが、彼の国に持ち込めないのは「物語」です。

身体よりも思想に影響するものが一番危険で治らないと考えています。この発想は面白い!

しかし、何事も物語性を排除できないですよね。ジョンにもある少年との出会いのよって変化がもたらされます。物語は人にとって怖いものであり、欠くことのできないもでもあります。現に今、それを摂取しています。自分を滅ぼすものかもしれなくても。

 

アメリカン・ブッダ

アメリカ大陸では災害と暴動によって荒れ、多くの国民が現実世界から避難するために人間の脳を凍結させ、精神をコンピューター上で走らせる架空世界のMアメリカへ移住しました。

そこへ約三千年ぶりに現実世界(向こう側、エンプティ)からメッセージが届くところから始まり、声の主はアゴン族の青年でミラクルマンと名乗ります。彼はMアメリカの人々に仏陀の教えをもって問いかけます。

Mアメリカには死や老いや苦しみが無いように思えますが、退屈と時間を持て余す世界にどんな意味があるのでしょうか。世界のすべてが苦しみでありすべてには原因があり、同じことを繰り返す。アメリカ大陸に渡った白人、インディアンに明け渡した土地、仮想世界の新大陸……歴史を繰り返す構造とインディアンの青年がもたらす仏教の教えがマッチしていて不思議な感覚で読みました。

アゴン族は、最も古いスートラの阿含経からきているのでしょうか。

56億7千万年の時を経て人々を救う弥勒菩薩のモチーフもよかったですね。

 

 

全体的に読み応えのある作品ばかりでした。

民俗学×SFという組み合わせにハマってしまいそうです。

 

 

柴田勝家アメリカン・ブッダ』,早川書房,2020年8月。

*1:17頁

山本文緒「自転しながら公転する」

こんにちは!小町です。

 

山本文緒さんの「自転しながら公転する」を読んでいきたいと思います。

恋愛小説は久しぶりです。

作者の山本さんは2021年に58歳の若さで膵臓がんのため亡くなっておりますが、本作品は昨年松本穂香さん主演でドラマ化もされましたね。

悩める女性へ、強く生きていくためのメッセージが込められた作品です。

 

 

 

 

あらすじ

東京から地元にもどり契約社員として働き始めた30代独身の与野都が出会ったのは優しいけれど経済的に不安のある羽島貫一。

一人っ子の都にのしかかる親の介護、結婚、出産、仕事の不安…。20代とは違って現実を突きつけれらる30代、悩める女性が「幸せな生き方」を追い求める恋愛小説です。

 

女性のリアルが詰まっている!

 

20代の頃のキラキラした日々と違って、30代になった途端、周りの友達がだんだんと落ち着き幸せな家庭やキャリアを築いていくのを見て、「自分はどうなんだ」と将来への心配が大きくなっていくものです。

 

この小説の中でも、主人公の都と都の母の視点から、恋愛や仕事、更年期障害まで、女性が一度は突き当たるであろう悩みをよく描いています。

他人と比べて、何も成せていない自分に「このままでいいのか」という不安を抱え、周りがうらやましく感じてしまったり……

 

都は、貫一に惹かれていますが、将来のイメージ持てない経済状況に、この人と結婚できるのだろうかと悩みます。もし結婚しないなら、次の恋愛に進まないとタイムリミットもある……これは女性特有の悩みかもしれません。

 

「(中略)でもこれは絵里が自分の望みを明確にして努力して手に入れたもので、棚ぼたじゃないんだよね。(中略)私は何もしないで、いいな~って思っているだけで、本気でそうなりたいってわけじゃないんだと思う」*1

 

幸せになるためには、すべて求めてはいられないものです。

自分の本当の望みは何か、自分と向き合うことが大切です。

 

母娘の視点

 

物語は主人公の都と、母親の桃枝に視点が切り替わって進んでいきます。

同じ女性でも、お互いが考えていることは違い、それぞれの悩みや人生にスポットが当たります。二人の関係性やその描写、視点が切り替わることによって、立場や年齢を超えて読者が共感できるところがあると思います。

また単行本化の際に、エピローグとプロローグが加筆されたそうで、これがいいミスリードになっており、違う女性の生き方を見せてくれるものにもなっています。

 

ぶっちゃけ、序盤の主人公には共感よりも苛立ちを覚えました(笑)

すべてにおいて他力本願。正社員になりたいけど責任は持ちたくない、好きな人といたいけれどお金に困りたくない、家族の問題にも中途半端な向き合い方でした。

でも、20代はこれでもなんとなく生きていけたんですよね。

 

人生をうまく回すには、自分のことを一生懸命やるしかなくて、そうするとおのずと良いほうへ、自分の周りの環境も回っていくものです。

タイトルの「自転しながら公転する」というのを私はそうとらえました。

(ほかの方の感想を見てみると、自分のことをしながら社会を回していくという感じで意味づけしている方もいて、いずれにしても読んだ人の心に残るタイトルなのは間違いないでしょう。)

 

仕事との向き合い方を変えた都は、よく回りが見えるようになり、変化も訪れました。

 

幸せになる覚悟

 

個人的に刺さった言葉はこれです。

「明日死んでも悔いがないように、百歳まで生きても大丈夫なように、どっちも頑張らないといけないんだよ!」*2

 

災害や疫病、事故でいつ死ぬかわからないと言いつつ、医療が進んだ現在は人生100年時代。お金や健康、美容、住まい、なんでも備えが必要です。

将来に重きを置きすぎて今を楽しめないのも、今はしゃぎすぎて将来苦労するのも、どっちも避けたい。バランスが難しいですし、人それぞれ合った配分も違ってくるので誰かの真似をしても完璧ではないかもしれません。

人生の悩みはすべてこれに尽きると思いました。

 

人生を決めるのは、つかみたいものを選択して前に進む覚悟だけです。

自分の幸せに向けて、今日もぐるぐる回っていこうと思います。

 

 

≪合わせて読みたい本≫

作中でも登場しましたが都(お宮)と貫一といえば、尾崎紅葉金色夜叉』です。

テーマは「愛か金か」、みなさんならどれを選ぶでしょうか。

 

 

 

 

山本文緒『自転しながら公転する』,新潮社,2020年9月.

 

*1:267頁

*2:461頁

栗本斉『「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』

こんにちは!小町です。

 

いつも小説ですけど、趣向を変えてたまには新書でもと思い、最近見つけた面白かった本を紹介します。

栗本斉さんの『「「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』です。

 

 

「90年代J-POP」とはいっても、ジャンルは多岐にわたり、一言で言い表せられないと思います。

私自身、90年代となると、ほぼ生まれる前…

 

しかし!もっともCDが売れた時代の曲たちですから、その素晴らしさたるや。

著者が厳選した当時のアルバム100枚とその解説によって、90年代J-POPの変遷や幅広さを余すことなく感じることができるでしょう。

 

時代の流れを音楽史で振り返ると当時のトレンドや恋愛観、世相を反映していて面白く、とても勉強になります。

 

知らない曲もありましたが、なんとこの本、掲載アルバムのサブスクプレイリストのQRコードまでついていて、聞きながら解説を読めるところがいいんです!

現代はもうCDではなくて、サブスクですからね…。

 

それでも、ここであえて曲ではなく「アルバム」として取り上げているのは、

やはりアルバムCDを一つの作品としてみてほしいという気持ちが感じられます。

収録曲の構成だったり、同じアーティストの表現の幅だったり、ジャケットだったり、そのものを手元に置いておきたくなるCDっていいよねと改めて思いました。

 

聞きたい曲を簡単に選んで聞けてしまう時代ですけれど、

たまにはアルバム一枚をしっかり通して聞いてみるのもいいんじゃないでしょうか。

 

 

栗本斉『「90年代J-POPの基本」がこの100枚でわかる!』,星海社,2023年。

逢坂冬馬「同志少女よ、敵を撃て」

 

こんにちは!小町です。

今回からサムネをテンプレに頼らないで頑張ってみることにしました。(笑)


第11回アガサクリスティー賞を受賞した逢坂冬馬さんのデビュー作

『同志少女よ、敵を撃て』、史上初の審査員全員満点をつけたことで話題になりましたね。
その後2022年本屋大賞も受賞した文句なしの傑作です。

 

あまりネタバレとかはなく私的感想を書きますが、こういう題材が苦手な方(多いと思うので…)は回れ右してください。

 

 

 

あらすじ


1942年独ソ戦が激化する情勢。

モスクワ近郊の農村に住む少女セラフィマの村はドイツ軍に襲われすべて焼かれた。

赤軍の女兵士イリーナに生かされたセラフィマは復讐の為、狙撃手となることを決意。同じ境遇の少女たちと訓練を重ね、やがて激戦地スターリングラードへと赴く。

その先で見えた真の敵とは何か。

 

背景:独ソ戦


1941年6月22日、ポーランドを共に占領し不可侵条約を結んでいたドイツとソ連でしたが、突如ドイツがソ連を奇襲。(通称:バルバロッサ作戦)ドイツの指導者ヒトラーはこの戦争を「絶滅戦争」と位置づけ、人種の生存の為敵をせん滅するまで戦うことを目標としていました。対するソ連スターリンも祖国を守る大義の為、侵略者に対して容赦しませんでした。独裁者同士の戦争は、ドイツ400~600万人、ソ連1500~3000万人の犠牲者を出し、人類史上最悪といわれる戦争へと発展したのです。


正直に言いますと、独ソ戦について全然知識がなかったので読んだ後に色々調べました。
こんなにひどい戦争だったことも知らなかったですし、何もかもをフィクションとして読むだけにしたくないと思いました。


独ソ戦前半、不意を突かれたソ連のダメージは大きく、人員確保の為女性も戦力として動員されるようになり、小説の主人公セラフィマだけではなく、実際に当時ソ連には女性兵士が少なくなかったとういうことを知りました。

祖国を守るため、自ら志願した人も多かったそうですが、戦争は女性にとってとても辛く厳しい環境だったに違いありません。
彼女たちにとって戦争は、ドイツ軍と戦いだけではなく、冷たく扱う自軍の男たちとの戦いでもありました。

この小説はそんな女性兵士たちの視点から戦争を描きます。

 

戦争と女性

 

小説でも、援軍に来た小隊が女だったと知った時の男性の反応や、基地での描写を見ても女が歓迎されているとは決して思えない様子です。

実際、女性用の服や下着、整理用品なども支給はなかったそうですし、戦後も女性の活躍は表に出されなかったといいます。


また、途中でアメリカやイギリスのプロパガンダが出てきますが、ソ連と対象的です。女は男を待つ、応援する、守られる、という像が作られるのももやもやしますけども。現代人が見たらどちらも卒倒する性差別ですが、これが戦時中です。


最初から最後まで、本当に胸糞わるかったのは、敵の女を蹂躙することで結束を強める男たちです。自国の女性が例えば、家族、姉妹、友人がそう扱われたら、そんなに笑っていられるのでしょうか。


戦争という異常な状況下では正常でいられるわけがないのも事実ですが、許されるとも思いません。

 

「兵士たちは恐怖も喜びも、同じ経験を共有することで仲間となるんだ。(中略)集団で女を犯すことは舞台の仲間意識を高めて、その体験を共有した連中の同志的結束を強めるんだよ。さっきの兵士たちもそうだ。間違いなくそういう意味合いで話していた」*1

 

 

ひとつ、「言語」に注目してみました。

言葉の通じない相手=人間ではない、犬や猫、畜生と同じように見れるのでしょう。

相手は悪魔か何かで同じ人間ではないのだから、ひどいことをしても許されると無意識に思えるのです。


セラフィマがドイツ語を理解しているとわかった時、ドイツ兵たちは狼狽しました。

情報が漏れることを恐れているというだけではなく、同じ人間だということを意識したくなかったのです。

言語政策による民族統一は有効な手段ということですね。

 

また、ドイツ兵のことを「フリッツ」、ドイツの狙撃兵を「カッコー」と呼ぶのも人と意識させないためでしょうか。

 


真の敵、何のために戦うのか


訓練の時から、教官のイリーナは少女たちに何度も問います。
「お前たちは何のために戦うのか」と。

 

「私は、女性を守るために戦います」

それが、セラフィマの思う最も正確な答えだった。*2

 


国家の敵、自分の敵、女の敵…

 

自分の信念を貫いて戦った少女たちの姿には胸をうたれるものがありました。
特に看護兵のターニャや、ドイツ兵の情婦になったサンドラの存在はセラフィマの正義を揺るがす存在となりつつも、それぞれの戦い方が描かれ、物語に厚みを生んでいます。

 

そして真の敵は何か。これは読んだ人の解釈にお任せしますが。


イワノフスカヤ村が襲われた時、セラフィマの母は猟銃で敵を撃とうとしました。
その時はよく見えなかった敵の姿。


はじめは出来なかった距離の測り方、照準の合わせ方。

厳しい訓練の末、卒業するころにはよく「距離と見え方」をとらえた様に


物語のクライマックス、

セラフィマにはスコープ越しによく見えたことでしょう。


復讐を誓った日から、銃の使い方を仕込まれ、たくさんの人を殺し、生き延びた先で目にしたのは解像度が上がった同じ光景でした。

 

≪合わせて読みたい本≫

 


世界情勢を思って


エピローグの「ロシア、ウクライナの友情は永遠に続くのだろうか」という一文にハッとさせられました。

この物語は決して私たちに無関係ではなく、現代と地続きです。
二年も続いている戦争が私たちの生活のとなりに、今もあることを深く意識せずにはいられない内容です。

 

この都市の名前の変遷が象徴するように、戦後ソ連で「スターリン」の扱いは激変した。(中略)スターリン体制が恐怖政治であったなら、それを支えて戦った自分たちは何なのだろう。*3

 

今回はあまりにも重いテーマで、長いし、レポートみたいになってしまいました…
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

 

 

 

逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』,早川書房,2021年。

 

 

*1:355頁

*2:126頁

*3:470頁

村田沙耶香「消滅世界」

こんにちは!

小町です。

 

村田沙耶香さん「消滅世界」です。

以前も別の作品を取り上げましたが、やはりこの方の小説は実験ですね。

私たちが生きている現実とは違う「当たり前」の世界を描くことで、信じるものや正しいと思うものを懐疑的に見る機会を与えようとしています。

 

 

 

あらすじ

人工授精で子どもを産むことが定着した世界で、両親が愛し合って生まれた主人公の雨音。家族間の性行為はタブーであり、恋愛や家族の在り方も変わっていく中、実験都市「楽園」に移住したことで、世界の変化は加速していく。

 

「○○離れ」は人間の進化か

「結婚・出産したら異性として見てもらえなくなった」

という夫婦はたまに見聞きしますが、

最初から「夫婦=家族」という発想で考えてみるのはどうでしょうか。

 

結婚して人生のパートナーになることに変わりはないですが、近親相姦に当たるので家族と性行為することはなく、あくまで家族という社会単位になる。夫婦は恋愛対象ではないので、別に恋人がいてもよく、あくまで夫婦と恋愛は切り離して考えられます。

それが当たり前になった世界がこの小説です。

恋愛に関しても、二次元への恋は異常なことではなく、むしろ恋愛感情や欲求を消費するためコンテンツとして推奨されています。

 

正直、私たちの現実でも「恋愛」「性欲処理」「結婚」「出産」に面倒と感じることがありますし、そういった面倒事を強要されない世界のほうが生きやすい人もいるかもしれません。

 

実際に今の若者の間では先ほど挙げたようなことから「離れ」が進んでいるというニュースを時折見かけます。どこかで読んだ記事なのですが、20代で異性との交際経験がない割合が4割を超えていると知ったときは衝撃でした。

 

それもあって、この小説がファンタジーと言い切ることはできないように思います。いつか日本がたどり着く未来なのではないか、というリアリティを帯びていて、「個」を尊重する現代人にとっては、むしろ共感する描写もあると思います。

 

人工授精という仕組みもそうですが、より効率的に無駄がなく、面倒がない方法へと人類が進化していく過程とも見えますね。

 

しかしながら、この小説で検討したいことはどんな世界がよいかということではなく、今当たり前を構築している要素を一つ一つそぎ落としていったときに残る「家族」とは?「恋愛」とは?「結婚」とは?という疑問です。

ただのSFとして読むにはもったいないです。世の中で言われていることではなく、自分の中で答えを見つけようとする営みを必要とします。

 

これは個人の感想ですが…

この小説を検討の実験として成り立たせるために「設定」が重要な役割を担っていますが、自分に置き換えたときに「本当にそうはならんやろ」という変なもやもやを感じました。

「こんな条件に置かれたらどうする?」というような一種の思考実験ですから、前提条件たる「設定」に文句をつけると前に進まないんですけれども、おそらくこの小説には動物としての人間の本能があまり考慮されていないように思います。

だからこそシステマティックで気味の悪い世界が確立してますね!

 

私たちはどこへ向かう?

物語の終盤、雨音と夫が実験都市「楽園」に移住したことにより、さらに世界は効率的にそぎ落とされていきます。

主人公の雨音の変化を通して、世界との違和感を見ていくのですが、最後のシーンでの行為はおそらく、雨音にとって自分は世界というシステムの一部ではないという唯一の抵抗だったのかもしれません。

 

我々は常に変わる当たり前をいつの間にか受け入れて変質していきます。

そんな不安定な「正常」への「抵抗」をもって小説は終わります。

 

正常ほど不気味な発狂はない。だって狂っているのに、こんなにも正しいのだから*1

 

多様性を認めるということはボーダーレスにすることではないですね。

そんなのは違和感です。

 

これから人類が向かうべき次元について少し考えてみるのもいいかもしれません。

 

 

 

村田沙耶香『消滅世界』,河出書房新社,2015年12月。(文庫版『消滅世界』,河出書房新社,2018年7月。ここでは文庫版を使用)

 

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comachi0438.hatenadiary.com

 

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