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柴田勝家「アメリカン・ブッダ」

こんにちは!小町です。

 

名前のインパクトがすごいですよね。柴田勝家さん「アメリカン・ブッダ」です。

これはジャンル的になんと言えばいいんでしょう。宗教系SF?(笑)

民俗学をベースにしたSF全6篇。

やっぱり短篇集はいいですね、好きです。

 

 

 

 

雲南省スー族におけるVR技術の使用例

メアリーの部屋という思考実験をご存じでしょうか。

オーストラリアの哲学者フランク・ジャックソンが考案したもので「クオリア」の存在について考えます。

メアリーは色覚研究の権威で色について知らないことはありません。しかし彼女の部屋はモノクロで構成されており薄暗く自分の肌をはっきり認識できません。そして彼女は生まれてからこの部屋を出たことがないのです。さて、ある日彼女は初めて「真っ赤なリンゴ」を目にしました。彼女は何かを学んだのでしょうか。また、知っているとはどういうことなのでしょうか。

 

この話は、VRのヘッドセットをつけて暮らす少数民族についての研究報告のような形式で進みます。彼らは乳児の時に装着されたヘッドセットをつけて独自に開発したVR世界で一生を過ごします。外部の人には彼らがどんな世界を見ているか分からないのです。

ここで言いたいのは自分たちの世界が本物かということではなく、

自分が理解していると思っている世界の姿を我々は本当の意味で知っているのかということです。

そして、特殊な民族に限らず、隣にいる人とも同じように世界を認識しているとは限らないですよね。

1つ目からすごいのが来たと思いました。

「私の見ている世界が、貴方達の見ている世界と違うことは知っています。しかし、こうは言えませんでしょうか。全ての人が自分だけの世界に生きていると。例えば、貴方はアメリカで生まれ、青年期を過ごし、やがて恋をし、平穏に暮らす。しかしある日、突然に目覚めると自分の横にヘッドセットが転がっていて、自分が中国の奥地で暮らしている少数民族の一人だと知る。逆のこともありえます。私が本当は貴方のようなアメリカ人で、何かの研究で生まれてからずっと、VR空間を通して、スー族という架空の存在として生きているとしたら。自らの人生が仮想のものだと気づいてしまったなら、誰であれ正気を保つことなどできない」*1

 

鏡石異譚

主人公は未来の自分と出会った体験から、その理由を突き止めようとします。

宇宙物理学や素粒子とか、疎いので難しい~と思いましたが、SFを科学の理論で補填していくと現実味が増して興味深いですよね。記憶子という粒子があるとして、記憶は未来に進むように過去の方向にも進み書き換えられていくと捉えることができるということのようです。

ILCというのは実際に現在進行形の計画なんだそうです。

 

邪義の壁

実家にある「ウワヌリ」という壁にお念仏を唱える祖母。その壁の中から白骨がでてくるというホラーな展開。

信仰とは、異端排除の歴史であり、自らを白く塗り固めるための上塗り。罪の正当化なのかもしれません。

 

一八九七年:龍動幕の内

同作者『ヒト夜の永い夢』の前日譚。昭和初期を舞台に博物学者の南方熊楠が奔走する歴史SFです。面白かったので、こちらも読んでみたいと思います。

 

 

検疫官

個人的にこの話が一番好きでした。

空港で検疫官として働くジョンですが、彼の国に持ち込めないのは「物語」です。

身体よりも思想に影響するものが一番危険で治らないと考えています。この発想は面白い!

しかし、何事も物語性を排除できないですよね。ジョンにもある少年との出会いのよって変化がもたらされます。物語は人にとって怖いものであり、欠くことのできないもでもあります。現に今、それを摂取しています。自分を滅ぼすものかもしれなくても。

 

アメリカン・ブッダ

アメリカ大陸では災害と暴動によって荒れ、多くの国民が現実世界から避難するために人間の脳を凍結させ、精神をコンピューター上で走らせる架空世界のMアメリカへ移住しました。

そこへ約三千年ぶりに現実世界(向こう側、エンプティ)からメッセージが届くところから始まり、声の主はアゴン族の青年でミラクルマンと名乗ります。彼はMアメリカの人々に仏陀の教えをもって問いかけます。

Mアメリカには死や老いや苦しみが無いように思えますが、退屈と時間を持て余す世界にどんな意味があるのでしょうか。世界のすべてが苦しみでありすべてには原因があり、同じことを繰り返す。アメリカ大陸に渡った白人、インディアンに明け渡した土地、仮想世界の新大陸……歴史を繰り返す構造とインディアンの青年がもたらす仏教の教えがマッチしていて不思議な感覚で読みました。

アゴン族は、最も古いスートラの阿含経からきているのでしょうか。

56億7千万年の時を経て人々を救う弥勒菩薩のモチーフもよかったですね。

 

 

全体的に読み応えのある作品ばかりでした。

民俗学×SFという組み合わせにハマってしまいそうです。

 

 

柴田勝家アメリカン・ブッダ』,早川書房,2020年8月。

*1:17頁