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朝井リョウ「スター」

こんにちは!小町です。

今回は朝井リョウさんの「スター」です。

社会の言い表しにくい部分を小説に表現してくれるのがお見事だと思っています。

 

 

 

 

あらすじ

大学生で映画祭のグランプリを受賞した立原尚吾と大土井鉱。

二人は卒業後、それぞれ名監督へ弟子入りと動画配信という別々の道を歩む。作品の価値や良さは何が決めるのか。アマとプロ、本物と偽物、変化する時代をどう考えるか。

 

価値観が、生き方が、稼ぎ方が、多様な時代

 

インターネットの普及からSNS、動画サービスなどを通じ、誰もが発信することができる時代。

学生シンガーソングライターや、小学生ユーチューバーがどんどん出てきていますよね。

若い才能って本当にすごいなと思うのは本心としてありますが、一方で、映画やドラマ、音楽、書籍、ファッション、食べ物に至るまで、

誰かが「よかった!」と発信したものが流行するだけの世の中になってしまったような気がしています。

そんな何とも言えない感覚を上手く言い当ててくれているのが、この作品だと思いました。

 

小説で取り扱っているテーマは映像作品ですが、いろんな問題に置き換えて考えられることだと思います。

熟練の技術者の仕事がどんどんインスタント化され、映画をファストにした動画が流行り、インスタでおすすめ○○選と紹介された商品を買い、いたずらに消費をする人々の図式が感じられるのです。

もちろん、なんでも手頃で生活が便利になった面もありますし、すべてが粗悪だとは言いませんが、問題はものの質に求めているのではなく、私たち自身の問題です。

私たちは本当に自分の目で耳で感覚で、物事をとらえ、評価できているのかということだと思います。

 

「待つ。ただそれだけのことが、俺たちはどんどん下手になっている」*1

 

「答えのないことを考えていられる時間って、本当に贅沢なんだよ」*2

 

そんな時間をタイパが悪いと、切り捨てていませんでしょうか。

忙しさの中で忙殺されていませんでしょうか。

答えが出せないことに自分自身で向き合う営みが、本当は生きる中で一番大事なことだと思うのです。

 

でも、今の世の中、理想だけでも生き残れないという面もしっかり描かれているのが良いところで、この小説を読むことが、答えのない問題と向き合う営みになっていると感じます。

 

表現について

 

表現としては、目薬のメタファーだったり、電車や駅が場面に合わせて効果的に使われていると思いました。分岐する行先や、先に降りていく先輩、しらない場所へ行く線、など、注目してみてもいいかもしれません。

 

また、尚吾の彼女とのやり取りやその変化もとても良い場面だなと思います。

「食」にかかわる仕事をする彼女だからこそ、思うことがあって、尚吾にも気づきを与えてくれる存在です。

 

それぞれの生き方

主人公の尚吾は本物の映画作りを目指して邁進していくのですが、プロの道は長くつらいものですし、お金が稼げるようになるのはほんのひと握りという世界です。

その道から降りていった人たちも小説の中にはたくさん登場します。

自分の好きなことや理想を追い求められる時間には、限りがあって、生活や家族のためには、芸術性よりも生産性を求めるようになるしかなくなるのです。それが大人になるということなんでしょうか……。

 

一方で、素人でもやり方で大金を稼げる時代だからこそ、本物からのお墨付きが求められることもありますよね。

相反する側面を主人公の二人が体現している感じ。

 

また、2人それぞれ、祖父と父から言われた言葉をずっと意識していて、

「質の良いものに触れろ」

「よかて思うものは自分で選べ」

どちらも大事なことだと思いますが、2人してその言葉にとらわれすぎているんですよ。人生の指針ではありますが、自分がそれをなぜ正しいと、信じたいと思うのかという理由のほうが重要かもしれません。

 

何事も一つの物差しで測れる良し悪しではないこと、自分の軸で、良いものを見極められる自分だけの感覚を持つことが大切なのかもしれないと私自身は考えました。

 

そして、それぞれの生き方がすべて正解と思える世の中であるといいですね。

 

 

 

 

朝井リョウ『スター』,朝日新聞出版,2020年10月。

*1:299頁

*2:206頁