朝井リョウ「生殖記」

こんにちは!小町です。
最近は涼しくなってきて、読書の秋も近づいて参りました。
今回はずっと読みたかった本、ようやくまとめる時間ができたので!
朝井リョウ「生殖記」です。
タイトルから面白そう。挿絵の無い白い表紙でどんな内容か情報が得られない。
ネタバレ厳禁との扱いもありますが、
触れないと前に進まないので、まだ読めてないよって方は回れ右。
読書後また来て感想を共有しましょう。
あらすじ
家電メーカーの総務部で働く達家尚成は、異性愛者を前提とした社会で擬態しながら33年生きている。そんな彼の「生殖本能」である「私」は、人間社会と尚成の「しっくり」を見つける様子を見守っていく。
斬新な語り手から見る
最初は語り手の「私」の正体がわからず、誰目線なの?と困惑しました。
読み進めるとまさかの(笑)
語り手に「え⁉」となるまでが山場です。
主人公の名前が「尚成」なので、音が「小生」と同じで一人称に聞こえるのも面白い仕掛けだと思いました。
物語自体はそんなに何も起こりません。
尚成が会社のレイアウト変更プロジェクトのリーダーとして仕事を任されることと、独身寮から引っ越すということしか起こりませんので、物足りないという評価も一部あるみたいですね。
しかし画期的な語り手のおかげで、起伏はなくと面白く読めたと個人的には思います。
「私」がすごく話口調なので、重い話題もノリが軽めなのと、
もはや?別次元の目線から語らせることで、「ヒト」の様子や社会の仕組みを俯瞰しつつ、作者の言いたいことをずけずけ言えてしまう免罪符にもなっています。
拡大・発展・成長を目指す永遠のレース
朝井リョウさんの『正欲』という作品でも投げかけられていた、「多様性」という言葉。
その解釈というか、一つの現実を本作で若干見せてくれたような気がします。
同性愛や、適応障害、人それぞれに生きにくい場面がありながら、
「生産性」がない、低い、とみなされた途端に排除される仕組み。それが人間が培ってきた社会です。
家族なり、職場なり、様々な「共同体」があり、
そこには共通の目的があり、
必ずといっていいほど「拡大、発展、成長」を求められます。
共同体に所属し同じ目的に進むこと、それら共同体と関係を持ち続けることが生きるためには重要になります。
家族という共同体においては子孫繁栄がまあ、発展ですよね。生物としてもあてはまると思います。
会社では利益を生むことです。
そうでない人間は、嫌な顔をされる。
これが当たり前かもしれない、ですが当たり前にできない人間からすると、とても苦痛なこと。
ヒトは1個体で生きられるようには進化していませんので、
共同体から排除される=生きる難易度が一気に上がる、わけです。
だから尚成も生きるために擬態して、ほかの人と同じふりをしてきたんですよね。
主人公に共感する、しないではなくて、
生きにくいなと感じたことがある人には、そういうことだったのかも、と思うポイントが見つかるかもしれません。
共通しているのはおそらく「拡大・発展・成長」を目指さねばならない社会。
私もこれがつらいなと思います。
仕事をしていても、新しいことを何かやらないと、次の問題を解決しないと、って、意味の分からないところから意味の分からない視点を持ち出し、改善しようとかしませんか。
SDGsとかね。(小声)
作品の中でも、勤めている家電メーカーが新しい炊飯器を企画しますが、今まで聞いたこともない成分をより含むように設計!という感じでほんとに人間って面白いなと思いました。(笑)
現実でもそんなのばっかりです。
成長には限界がある、それはみんなどこかで分かっていながらそうせざるを得ない。
でも、ヒトがこの地球に後付けした社会構造のうえでは、“今以上よくなる”以外に目標の立てようがないから、止まるわけにもいかない。
永遠の成長なんて存在し得ないことを誰もがわかっていながら、それでも全力で今よりももっと成長を目指し続けるという姿勢を解くわけにはいかない。
もう近い未来どうにもならなくなることは明白なのに、立ち止まれない。
監視し合っているから。
共同体の構成員たちが、拡大、発展、成長を目指すレースから降りる者がいないかどうか、お互いに見張り合っているから。*1
尚成は、最終的に「循環」に当て込むことで持て余した暇を使うことにしました。
生きやすさってなんでしょうね。
思うのは、所属するいろんな共同体、その中のどれか一つでも苦痛じゃないところがありますように。
擬態に殺されませんように。
≪朝井リョウさんの本のおすすめ≫
こちらの記事もぜひ。
朝井リョウ『生殖記』,小学館,2024年10月7日初版第一刷。
*1:96頁