こんにちは!
小町です。
読書習慣が戻りつつあるこの頃ですが、合間の時間に読みやすいのは短編ですね。
今回は伊与原新さんの「月まで三キロ」を取り上げてみます。
書きたい事はいっぱいありますが、長くなるのでそれぞれ完結に。
あらすじ
月や雪や素粒子が、誰かの人生を照らしてくれている。理系の知識を通して心温まる短編6編と掌編1編です。
月まで三キロ
死に場所を探す男が出会ったのは、月に一番近い場所を知っているというタクシードライバー。見上げる月。近づけばそこにいる人と話せるような気がします。
あそこまで三十八万キロあると言われたら、そんな風に見える。だが、三キロ先だと言われたとしても、そう見える気がした。*1
科学の知識に心を救われるような感覚って初めてでした。
月まで三キロの真相はぜひ読んでみてくださいね。
星立花
雪の結晶にもそれぞれ名前がついているなんて恥ずかしながら知りませんでした。
同じように見える雪にも、ひとつずつ形が違って個性があって。
雪の結晶に重ねて、そんな風に自分を見つけてくれる人に出会えるといいなと思います。
アンモナイトの探し方
小学6年生の朋樹は、中学受験や親の離婚などこどもながらに悩み、解決できない壁に直面しています。そんな時に化石採りのおじいさんと出会い採掘に取り組んでみるのですが。
キンキンキンとハンマーで硬い岩を割る様子が、さながら自分の心の硬くなった部分を壊していく様にも見えます。
「(前略)わかることではなく、わからないことを見つけていく作業の積み重ねだよ」(中略)「科学に限らず、うまくいくことだけを選んでいけるほど、物事は単純ではない。まずは手を動かすことだ」*2
目の前のことをただ取り組んでみる。それがいつか何かの役に立つかも。全く違うように見える科学と人生に共通点を見出すことができます。
天王寺ハイエスタス
「ハイエスタス」、私は全然聞きなれない言葉でしたが、「中断」「無堆積」という意味とのこと。
堆積し続ける地層で、何も堆積しない時期がある。それは無ではなく、後の時代から見れば、何もないことにも意味を見出すことができるのです。
何もないことにも意味がある。理系的発想になるほど、と思わされました。
エイリアンの食堂
毎晩食堂に訪れる女性研究者と母親を亡くした女の子の交流に心温まる物語です。この世は素粒子でできている。すべて同じ物質からできているのだから、私もあなたも、そこにあるものだってつながっていると考えることもできます。
一番小さいものを調べることで大きなことがわかってくるんですね。
山を刻む
家族に尽くしてきた主婦の決心。趣味の山登り中に出会った火山学の先生と生徒と話し、新しい一歩を踏み出します。ダイニングテーブルも山も人生も何度も良くも悪くも刻まれていく。でもそんなところが結局手放せない愛着あるものになっていくのだと思いました。
全体として……
人の心を救うのは、誰かからの助言や励ましだけではないのですね。
ただそこにある自然、心理、知識が、背中を押してくれることだってあります。
そして具体的な地名が多く、この小説と現実世界が地続きで身近に感じさせてくれます。
実は、現在放送中の「どうする家康」大河ドラマ館を目的に浜松へ行くことがありまして。お土産売り場でこちらを見つけました。
小説にインスピレーションを受けて創作された「Tsuki」というお菓子です。
美味しくいただきました。
伊与原新『月まで三キロ』,新潮社,2018年12月。(文庫版『月まで三キロ』,新潮文庫,2021年8月,二刷。ここでは文庫版を使用)