読書の種を育てるブログ

本が読みたい休日のすすめ

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多崎礼「レーエンデ国物語」(3)喝采か沈黙か

 

こんにちは!小町です。

 

前回に引き続き、多崎礼さんの「レーエンデ国物語」シリーズです。

今回は3作目ですが、前作のラストがつらくて、次こそはなんとか革命の芽が摘まれないで欲しいと願うばかりです。

 

 

\前回の記事はこちら/

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\1作目の記事はこちら/

comachi0438.hatenadiary.com

 

 

あらすじ

戦争のない時代は、聖イジョルニ帝国とレーエンデに芸術と産業の発展をもたらした。聖都のルミニエル座の俳優アーロウと双子の兄で劇作家のリーアンは、ある演出家からの執筆依頼に、レーエンデの英雄とその隠された物語を題材に選ぶ。英雄の足跡をたどる旅に出た二人が見たものは――

 

芸術の力で

初代法皇エドアルド・ダンブロシオには嫌な感情しかありませんが、良かったこととしては、レーエンデへの支配に注力するためとは言え、長く続いた戦争を終わらせたことでしょうか。

平和な時代には、芸術や産業が花開くものです。

いつのまにかレーエンデの地にも鉄道が走り、各地に劇場ができていたりと、随分雰囲気が変わりました。

 

一見、平和で華やかに見える世界ですが、変わらず虐げられるレーエンデ人たち。終わらない重税に差別、そんな状況を受け入れ、あきらめてしまった人々の光景は、前作よりも状況が悪くなっているように思えます。

 

そんな中、レーエンデの劇場(実際は娼館のことですね)で生まれた双子の兄弟。

弟のアーロウは、生まれた劇場で俳優として、変わり者の兄リーアンは劇作家として本を売って生活し、反発しながらもお互いを想っている関係なのがわかります。

二人はあることをきっかけに歴史から消されてしまったレーエンデの英雄について書くことを決め、その生涯を追いかけることになりました。

 

その英雄は言わずもがな、前作の主人公テッサです。

 

前作のつらい展開を思い出し、胸が苦しくなりましたが、

あの壮絶な出来事の詳細どころか後世に名前も残されなかったことが衝撃でした。

兄のリーアンは彼女の物語を世に出すことで、レーエンデ人だけではなく、イジョルニ人の心も動かしたいと考えていました。レーエンデが本当に自由を得るためにはイジョルニ人をも動かすことが必要だと、芸術にはそれを成し遂げる力があると、信じていたのです。

 

武力ではなく芸術の力で。

革命の火を灯そうとした生涯もまた、テッサ達とは違った形で、儚く。

 

双子の話といえば、入れ替わりがつきものでございます。

リーアンとアーロウは互いに思いやりながらもそれを伝えることが苦手で、こんな場面で双子の仕掛けを効果的に使うのはつらい!と思いましたが、双子とはなるべくして、それぞれの役割のために生まれてきたのかもしれませんね。

 

3作目は今までのような戦いのシーンはほとんどなく、双子の苦悩や葛藤、愛情など心理的な部分が多く描かれます。

 

また構成としては、各章の合間に「月と太陽」の上演がはさみこまれており、

戯曲が完成し世に出ていることを私たち読者は知りながら、それまでの双子の物語を追いかけていくことになります。

 

革命の火は灯ったか

イジョルニ人の心も動かす。

その試みは、良い方向になる予感がします。

魅力的な登場人物である、イジョルニ人のミラベルや、前作登場した司祭長リウッツィ家など、真心のある人たちの存在が希望の兆しだと思います。

 

前作でテッサが助けた少年の子孫や、娼館の人たち、パン屋の店主などの登場で地続きの物語であることを気づかせてくれますし、なにより名もない一人ひとりが繋いできた小さなことが大きな流れになっていく感じが、無駄なことは無いのだと思わせてくれました。少し報われた気持ちです。

 

しかし2作目の時、レーエンデの人々が団結できなかったことで綻んでしまったことを思い出します。まだ、何かが足りないのでしょうか。

見せかけでも平和の中、我慢さえすれば、生きていける。そんな状況に声を上げることはつもない勇気が必要で、まして人々の心に火を灯し、団結するということは簡単ではありません。

 

個人的には、今の日本も言えることが多いなと思います。

我慢すれば、自分はどうにか生きていけているし、現状でもいいやとあきらめてしまっている奴隷根性が変革を妨げていると。

 

ここからまだ革命を起こすに至るには、まだ少し時間がかかるかもしれません。

 

テッサの物語が上演されたことの影響はここではまだ明らかには書かれませんでした。

双子の人生をかけた行動が、未来の大きな一歩になることを次回作にて期待しております。

 

 

多崎礼『レーエンデ国物語 喝采か沈黙か』,講談社,2023年10月。

多崎礼「レーエンデ国物語」(2)月と太陽

 

こんにちは!小町です。

 

少し前にご紹介した、多崎礼さんの「レーエンデ国物語」シリーズ。

今回はその2作目「月と太陽」、3作目「沈黙か喝采か」を一気に読んでいきたいと思います。

書いてみると長くなってしまったため記事は二つに分けていますので、ぜひチェックしてください。

 

個人的には2作目がつらすぎて、3作目も一気に読んでよかったと思っています。

ずっとこのもやもやを抱えていられない。(笑)

発売当初に読んだ人たちはこの感情をどう処理したんでしょうか。本当に気になる。

みなさんの感想もお待ちしています!

 

 

\1作目の記事はこちら/

comachi0438.hatenadiary.com

 

 

 

あらすじ

名家ダンブロシオ家の次男ルチアーノは、何者かに襲撃され、命からがら逃げた先、レーエンデ東部ダール村にたどり着く。そこで怪力の少女テッサと出会い、惹かれ、心穏やかな生活を送るが、テッサは戦場に赴き、村は悲劇に見舞われる。結婚の約束をした二人の運命は——

 

 

少女は英雄になる道を選ぶ

前作から100年が経ち、イジョルニ帝国の支配下でも、強く互いを想って生きるテッサ達。序盤はそんなレーエンデの人々の姿が描かれています。つらい経験をしたルチアーノ(ルーチェ)もそんな生活の中で、彼女たちとの穏やかな暮らしが続くことを望みました。

結婚の約束をしたルーチェとテッサでしたが、村の危機を救うため、帝国の要請に応じて出征したテッサは、生まれ故郷の悲劇を契機にレーエンデに自由を求める戦いへと身を投じていきます。

大好きなテッサを守り、支えたいと願うルーチェも自分のやり方で、革命の力となりやがてレーエンデの解放は目前まで来たように思えました。

 

……しかし、現実は残酷ですね。

アルトベリ城の攻略作戦のシーンは、緊迫した中手に汗握る展開で興奮しましたが、それよりもたった数ページ終盤のルーチェの兄エドアルドとの対峙の場面の方が息ができない緊張感がありました。

 

まさに、月と太陽

レーエンデの太陽は倒れ、長く苦しい夜の時代が始まってしまいました。

 

明るく快活なテッサはみんなを導くにふさわしい英雄でしたが、ルーチェに見せる本来の彼女は誰かのお嫁さんになることが夢だった女の子でした。

彼女を強くしたのは紛れもなく戦争であり、その時の隊長であったシモンが英雄像を与えたのだと思います。

シモンを倒したことは英雄としての軸の瓦解を示唆し、前後の展開とも合わさって今までの自分を見失いテッサは苦しみますが、ルーチェに好きでいてもらえる自分を取り戻すため、最後の決断をします。

 

 

少年は残虐王に

ルーチェはルーチェでつらいですよね。

自分が好きになってしまったから、手伝ってしまったから最愛のテッサは死ななければならなかったと思ってしまう要因が多すぎます。

テッサの最後にかけた言葉が、大好きでも愛してるでもなかったことに、苦しくて仕方ありませんでした。

 

どうして彼は残虐王になってしまったのか。

狂ってしまったといえばそれまでですが、レーエンデの人々の愚かさへの怒りや絶望があったのかもしれませんし、革命を起こすには苦しみが足りない、早すぎたということなのかもしれません。

そういう意味では、彼の制定した二つの法律は、次回以降全然違う形で革命の火を育てていくことになったのではないかと思います。

 

次の革命は

個人的に一番印象的なキャラクターはテッサの姉のアレーテです。

 

「それに人って言葉でものを考えるから、知っている言葉が増えれば、それだけ考え方も豊かになるの。考え方が豊かになれば視野が広がって、それまで見過ごしてきたことにも気づけるようになる。何が正しくて何が間違っているのか、自分の頭で考えることが出来るようになる。(中略)教育の力はどんな武器よりも強いって信じているからなの」*1

 

序盤での彼女の言葉ですが、武力をもって自由を勝ち取ろうとするテッサと対照的ですし、物語が進むにつれ、この言葉がどんどん存在感を増していきます。

剣ではなくペンで。

彼女の考えが、次巻の新たな革命の布石になっているように思います。

 

テッサの戦い方は間違っていたのかと思わされるラストでしたが、決して無駄ではなかったと思いたい。

次の3作目を読んで本当に救われたました、私の心が(笑)

 

さらに時代は進み、芸術と産業が発展した聖イジョルニ帝国支配下のレーエンデに生まれた双子のお話です。

 

 

 

多崎礼『レーエンデ国物語 月と太陽』,講談社,2023年8月。

*1:47頁

秋吉理香子「婚活中毒」

こんにちは!小町です。

しばらく空いてしまい、ご無沙汰の更新です。

 

今回は秋吉理香子「婚活中毒」を取り上げます。

 

なんだか不穏なタイトルですね……。

 

 

概要

 

婚活をめぐる4つの短編で構成されていて、サクッと読める分量でした。

婚活に沼ってしまう人の話かと思いきや、人の嫌〜なところを描いたミステリになっています。

婚活という独特な状況から生まれるイヤミスに読んでいる側が中毒になりそうです。

 

2017年の作品なので、「婚活」と言っても今とは若干ギャップがあるかもしれません。

ここ数年でもマッチングアプリの普及などで、出会いの形は変化しています。

 

ただ「生涯のパートナーを選ぶ一大イベント」に慎重になったり、盲目になったり、はたまた騙されてしまったりと、そういう点では共感できますし、ミステリの題材としても確かに面白いと思います。

 

そんなことを踏まえて、

4つのお話を読んでいきます。

 
 

理想の男

 

アラフォーの沙織は彼氏にフラれた上、母にも辛辣なことを言われたことで、地元の結婚相談所の門を叩く。そこで紹介された男性はとても理想的で、何故今まで結婚できなかったのか不思議なほどで、沙織は彼のことを調べ始めます。すると、彼が過去に紹介された3人の女性が謎の死を遂げていることに辿りつくのです。

 
 

婚活マニュアル

 

街コンに参加した圭介は、恋愛経験の乏しさをカバーするため事前に婚活のマニュアルを読み込んで挑みます。その甲斐あって、同じグループになった美女とお付き合いすることになりますが、徐々におかしな方向へ。なぜか、もう1人同じグループだった美人ではない女性が気になる???

 

男の単純さと女の知略が光るお話でしたね。

 
 

リケジョの婚活

 

地方へ団体お見合いをしにいく番組へ応募した恵美。お目当ては一目惚れした男性ただ1人!徹底的に分析して彼とのゴールインを目指す。

 

ナ○ナイのお見合い大作戦、テレビでめっちゃ観てました〜

 

そしてラスト怖かった〜。

 
 

代理婚活

 

なかなか結婚しそうにない息子の代わりに親同士が相手を探すという代理婚活に参加した両親。父親の方は乗り気ではなかったが、とあるお相手の母親に惹かれ始める。彼女に会いたい一心でなんとか息子を説得するのだが……

 
 

最近の結婚問題

 

ここからは長〜い余談です(笑)

 

婚活という話題から考えたことを少々。

 

人生の選択肢自体が多様化している昨今ですので、夫婦の在り方も様々になっていると思います。

事実婚や同姓パートナー、卒婚なんて言葉もありましたね。

 

昔は親や周囲から紹介された相手やお見合いだったりと誰かのお墨付きで、何もしなくても結婚しやすかったかも知れません。結婚生活のあり方も男性が仕事に出て女性が家を守ることが大前提でした。

 

それが今や男女平等、職業も結婚も自由で、

まあ、結婚が全てとは私自身全く思っていませんが、

たとえ結婚したいと思っていても、すり合わせないといけない条件が多すぎて…

思い描く将来や生活に齟齬が生じやすいのかもしれません。

 

ひと昔前のベルトコンベア式の人生から、進学、就職、生活、場所、人生の選択肢が多様化した時代。

自由とは自己選択、自己責任ということです。

 

待っていても結婚できる時代ではなくなり、積極的に紹介してもらったり、出会いの場に行ったり、アプリを駆使して機会を作る必要があります。

 

ここまで書いているだけで、結婚って難しすぎる💦

 

そんな煩わしさもあってか、リクルートの2023年の調査では、

(いずれは)結婚したい女性49.3%、男性は43.5%と年々意欲が減少しているそうです。

 
 

ところで、少し前にゼクシィのCMで「結婚しなくても幸せになれるこの時代に私はあなたと結婚したいのです」というのがあったのですが、それがなんとなく心に残っています。

 

自分の人生を選び続けなくてはいけない現代人はとても大変です。

どうしても合理的思考になってしまいますが、そればかりでは大切なものを見逃してしまうかも知れません。

 

自由な時代にあえて面倒を経ても、誰かと生きていく努力をするのはとても素敵なことだと思いました

 

 

秋吉理香子『婚活中毒』,実業之日本社,2017年12月.

 

額賀澪「転職の魔王様」

 

こんにちは!小町です。

 

新年度が始まり、希望に胸を膨らませた学生の方々や、新しいスーツに身を包んだ新社会人もしくは就活生の方々をよく街で見かける季節です。まぶしいですね。

 

私が勤める会社にも、新入社員が入りまして教育担当という役割を仰せつかっておりますが…とってもプレッシャーでございます。

 

というのも、昨今は〇〇ハラスメントなんかで、「この言い方はまずくないだろうか」と常に考えてコミュニケーションをとる日々。

迎える側もなかなか悩みは尽きません。

 

そんな新年度に、

まさかの額賀澪「転職の魔王様」を取り上げます。(笑)

 

近年は大転職時代の到来!?なんて言われていますが、増え続ける転職希望者や労働をめぐる問題について、いま一度自分なりに考える機会としてみます。

 

 

 

あらすじ

新卒で入社した大手広告代理店を3年で退職してしまった未谷千晴。叔母が経営する人材紹介会社シェパード・キャリアで転職活動をスタートするが、担当になったキャリアアドバイザーは「転職の魔王様」という異名を持つ来栖嵐だった。

 

ドラマにもなっていましたし、エンタメ感もあるので読みやすい内容です。

 

増え続ける転職希望者

総務省が発表した「労働力調査2023年平均結果」によると、転職者数は328万人で1年前と比べ25万人増加。また転職希望者数としては1007万人と7年連続で増えており、潜在的に転職したいと考えている人もとても多いということが分かります。

 

先程、希望に満ちた新社会人といいましたが、その一方で4月に入ってから2週間足らずのニュースでは、「退職代行サービス」の話題が取り上げられ、入社して数日の新入社員からの依頼も殺到しているのだとか。理由としては「入社前に聞いていた話と違う」ということが多いそうですが、自分の働く環境に対して違和感を敏感に感じ取っているのかもしれません。

 

実際、終身雇用制度がほぼ崩壊している現代においては、同じ会社で働き続けることのメリットは少なくなっています。転職することで、早いキャリアアップや給与アップを狙い、待遇を改善しようとするのがスタンダードになりつつあります。

 

同時に、キャリアアップの前向きな印象付けをするCMなどの宣伝効果によって、転職がネガティブなものだというイメージも払拭されつつあるのではないでしょうか。

 

そんな転職がある一方、この本の主人公のように、パワハラと激務で心身に影響を受け、会社に行けなくなり、退職・転職を選ぶ人もまだまだ多いのだと思います。

 

労働をめぐる諸問題

業務内容や過労、人間関係…。働く環境には多くの課題があます。

最近でも、トラック運転手の過労により居眠り運転での事故や、パワハラによる若者の自殺のニュースを目にしました。

 

この小説はそれらを間接的に取り上げ、また新たな人生の第一歩を助けてくれるキャリアアドバイザーの仕事にも焦点が当てられます。

 

ストーリーの後半は来栖の過去、過労で事故を起こし自身も亡くなってしまった女性とその被害者、そして遺族や恋人をめぐって展開します。

 

人は働いてお金を稼いで生きていて、一日の大半は労働に費やしているのですから、どんな職場で誰と、何を仕事とするかは、生き方に直結するといっても過言ではありません。

しかし、仕事で心を病んだり、まして命を落とすようなことはあってはいけないと思います。

 

「必要とされる場所で働きたいんですか?そうやって、自分の価値を他人の価値観に委ねるから、ブラック企業で扱き使われて壊れたら捨てられるんですよ。自分の価値くらい自分の価値観で測ったらどうです?」*1

 

主人公の未谷は、大手に就職したら親が喜ぶから、一生懸命動いたら認めてもらえるからと、ずっと他人軸で自分の生き方を評価していました。

キャリアアドバイザーの来栖は冷たくて厳しい人ですが、彼の言葉には誰よりも自分と向き合うことを促してくれます。

 

この本の中で印象に残ったのは「自分が尊敬できる人の元で働きたい」という希望を口にした若い男性です。

最初は漠然と、ここから離れたいという気持ちしか出てきませんでしたが、今の環境の何に対して不満を感じているのか、自分が大切にしたい生き方は何かがだんだんと見えてきます。

疲れたら一度、立ち止まって考えてみるといいかもしれません。

 

あとですね、この小説の中でやたらと食事をするシーンが多いなと思ったのですが、主人公が味覚障害になっていることを明かされるまで全く気が付きませんでした💦

確かに、触感や見た目のことしか描写されていないんです。

 

細かなことに気づく力も大事ですね。

社会の仕組みだけでなくて、人の無関心も環境を悪くする一つの要因ですから、気づける人でいたいと思いました。(反省)

 

自分の価値観で

特に労働環境が悪いとは言えなくても、給与や働き方で将来の不安などを漠然と抱え、このまま働き続けていいのだろうかと、転職サイトに登録してみたり…なんて経験のある人も多いはずです。

いろんな選択肢があるからこそ、悩むことが多い現代日本です。

 

失敗したくない、自分に合うものを教えてほしい、時間を無駄にしたくない。

飲食店のレビューサイトのように、会社にもレビューサイトがあり、

誰かのおすすめや、あと押しがないと何も決められない世の中になってしまいました。

 

生きやすくなる第一歩は自分の価値観を磨くことではないかと私は思います。

たまにはレビューサイトを見ずに、直感でお店を選ぶことからしてみるのはどうでしょうか。

 

 

額賀澪『転職の魔王様』,PHP研究所,2021年2月.

*1:36頁

多崎礼「レーエンデ国物語」(1)

 

こんにちは!小町です。

 

まもなく、2024年『本屋大賞』の発表ですね。

ノミネート作品の中でも、私の最推しはこちら。多崎礼さん「レーエンデ国物語」です。

 

まず紹介文、見てください。

毛布にくるまって読みふけったあの頃のあなたへーーこんなファンタジーを待っていた!

 

私に言っているのかと思いました。(笑)

幼いころ、夜な夜なファンタジーの世界に浸っていたあなたにぜひ読んでほしい。大人になってもあの時の胸の高鳴りを思い出させてくれる、そんな作品です。

 

 

 

あらすじ

舞台は、西ディコンセ大陸の聖イジョルニ帝国。シュライヴァ州領主家の娘ユリアは親族たちから逃げるように英雄の父ヘクトルと冒険の旅へ出る。呪われた土地レーエンデで出会ったのは射手の少年トリスタン。美しきレーエンデの森に魅せられ、友情と恋を知り、少女の人生は大きく動き出す。

 

革命の話をしよう。

この一文で始まる物語は、別世界の歴史を語る序章から。

後に『レーエンデの聖母』と呼ばれることになる女性の話だということが示され、この語りからどれほど昔の話なのか、どんな革命のことなのか、ここでは詳細が語られません。

彼女の名はユリア―

ユリア・シュライヴァという。*1

 

そうして序章から第一章へ。

壮大な歴史の幕が上がります。

 

すでにわくわくが止まらない始まりです。

 

世界とレーエンデについて

この異世界の情勢も解説しておきましょう。

 

イジョルニ帝国は、神の声を聴く者であり、建国の祖ライヒ・イジョルニが打ち立てた「帝国」ですが、長い間皇帝の座は空位のまま。帝国領は12の州とクラリエ教の法皇庁領からなり、選帝権をもつ法皇が実質の最高権力となっています。

帝国領のいずれにも属さないレーエンデという地域は、建国以前から少数民族が暮らし、自治権が与えられている特殊な場所です。大アーレス山脈と小アーレス山脈、レーニエ湖に囲まれ、行き来も難しいうえ、「銀呪病」という(全身が銀色のうろこに覆われ死に至る)レーエンデ特有かつ治療法のない風土病が存在するため、外部から来るものも少なく呪われた地とも言われています。

その一方で、神秘的な自然と独自の文化が残る場所でもあり、

主人公のユリアは父の「ある目的」の旅に同行しレーエンデの美しさに心を奪われるのです。

 

その描写がなんとも美しい……!

自分がその世界にいるかのように錯覚してしまう没入感。

これぞファンタジーと心が震えました。

読むうちに、ユリアを通して恐ろしくも美しいレーエンデに魅せられていきます。

 

古代樹の森でのウル族との穏やかな暮らしは、ユリアに友情や愛を教え、充実した日々となっていきます。その一方で、法皇領での諍いや領主たちの不穏な動き、銀呪病、ハグレ者の存在など、不穏な陰は静かに忍び寄ってくるのです。

 

少女は英雄へ

物語が大きく動き出すのは終盤、「天満月の乙女」は神の子(悪魔の子)を身ごもってしまいます。さらにトリスタンの命も危うい。

どんな目にあっても、ユリアを守ろうとするトリスタンの姿には終始心を動かされました。

でも僕の命数は尽きかけている。残り少ない命の使い方を間違えれば、ヘクトルとユリアは帝国軍の手に落ちる。それだけは絶対に避けなければならない。*2

 

この一文でトリスタンの覚悟と緊張がひしひしと伝わります。

命に限りがあるから、強く前を向いて生きようとするのです。

 

ハッピーエンドではないかもしれませんが、強く優しく生きた姿が美しい。ユリアは最初にトリスタンのことを「レーエンデそのもの」と表現しましたが最後のシーンを見るとその通りなのかもしれないと思います。

また「おかえり」というために、還ってくるのをレーエンデは待っています。

 

「振り返るな!立ち止まるな!前だけを見て走り抜け!」*3

 

自分は価値のない空っぽな存在だと思っていたユリアですが、彼女の誠実さや強さはトリスタンの心を癒し、そしてお互いを想いあう気持ちが、大きな運命の渦へ飛び込んでいく背中を押してくれています。

 

再びレーエンデの森へ

か弱い少女がどうして英雄になったのか。

私たち読者は、彼らと一緒にハラハラしたり、悲しんだり、応援したりして物語を共に駆け抜けることができます。

そして、彼らが生きた後の世界を知ることもできるのです。

後の物語で彼らの生きた息吹を見つけることができたらと思います。

 

自分の本当の人生を見つけ、何に生きるか決めた姿と、心をつかんで離さないレーエンデの地。

ここでは一つの歴史に幕を下ろし、

物語は100年後、また別の出会いから動き出します。

 

 

 

多崎礼『レーエンデ国物語』,講談社,2023年6月。

*1:11頁

*2:466頁

*3:484頁

柴田勝家「アメリカン・ブッダ」

こんにちは!小町です。

 

名前のインパクトがすごいですよね。柴田勝家さん「アメリカン・ブッダ」です。

これはジャンル的になんと言えばいいんでしょう。宗教系SF?(笑)

民俗学をベースにしたSF全6篇。

やっぱり短篇集はいいですね、好きです。

 

 

 

 

雲南省スー族におけるVR技術の使用例

メアリーの部屋という思考実験をご存じでしょうか。

オーストラリアの哲学者フランク・ジャックソンが考案したもので「クオリア」の存在について考えます。

メアリーは色覚研究の権威で色について知らないことはありません。しかし彼女の部屋はモノクロで構成されており薄暗く自分の肌をはっきり認識できません。そして彼女は生まれてからこの部屋を出たことがないのです。さて、ある日彼女は初めて「真っ赤なリンゴ」を目にしました。彼女は何かを学んだのでしょうか。また、知っているとはどういうことなのでしょうか。

 

この話は、VRのヘッドセットをつけて暮らす少数民族についての研究報告のような形式で進みます。彼らは乳児の時に装着されたヘッドセットをつけて独自に開発したVR世界で一生を過ごします。外部の人には彼らがどんな世界を見ているか分からないのです。

ここで言いたいのは自分たちの世界が本物かということではなく、

自分が理解していると思っている世界の姿を我々は本当の意味で知っているのかということです。

そして、特殊な民族に限らず、隣にいる人とも同じように世界を認識しているとは限らないですよね。

1つ目からすごいのが来たと思いました。

「私の見ている世界が、貴方達の見ている世界と違うことは知っています。しかし、こうは言えませんでしょうか。全ての人が自分だけの世界に生きていると。例えば、貴方はアメリカで生まれ、青年期を過ごし、やがて恋をし、平穏に暮らす。しかしある日、突然に目覚めると自分の横にヘッドセットが転がっていて、自分が中国の奥地で暮らしている少数民族の一人だと知る。逆のこともありえます。私が本当は貴方のようなアメリカ人で、何かの研究で生まれてからずっと、VR空間を通して、スー族という架空の存在として生きているとしたら。自らの人生が仮想のものだと気づいてしまったなら、誰であれ正気を保つことなどできない」*1

 

鏡石異譚

主人公は未来の自分と出会った体験から、その理由を突き止めようとします。

宇宙物理学や素粒子とか、疎いので難しい~と思いましたが、SFを科学の理論で補填していくと現実味が増して興味深いですよね。記憶子という粒子があるとして、記憶は未来に進むように過去の方向にも進み書き換えられていくと捉えることができるということのようです。

ILCというのは実際に現在進行形の計画なんだそうです。

 

邪義の壁

実家にある「ウワヌリ」という壁にお念仏を唱える祖母。その壁の中から白骨がでてくるというホラーな展開。

信仰とは、異端排除の歴史であり、自らを白く塗り固めるための上塗り。罪の正当化なのかもしれません。

 

一八九七年:龍動幕の内

同作者『ヒト夜の永い夢』の前日譚。昭和初期を舞台に博物学者の南方熊楠が奔走する歴史SFです。面白かったので、こちらも読んでみたいと思います。

 

 

検疫官

個人的にこの話が一番好きでした。

空港で検疫官として働くジョンですが、彼の国に持ち込めないのは「物語」です。

身体よりも思想に影響するものが一番危険で治らないと考えています。この発想は面白い!

しかし、何事も物語性を排除できないですよね。ジョンにもある少年との出会いのよって変化がもたらされます。物語は人にとって怖いものであり、欠くことのできないもでもあります。現に今、それを摂取しています。自分を滅ぼすものかもしれなくても。

 

アメリカン・ブッダ

アメリカ大陸では災害と暴動によって荒れ、多くの国民が現実世界から避難するために人間の脳を凍結させ、精神をコンピューター上で走らせる架空世界のMアメリカへ移住しました。

そこへ約三千年ぶりに現実世界(向こう側、エンプティ)からメッセージが届くところから始まり、声の主はアゴン族の青年でミラクルマンと名乗ります。彼はMアメリカの人々に仏陀の教えをもって問いかけます。

Mアメリカには死や老いや苦しみが無いように思えますが、退屈と時間を持て余す世界にどんな意味があるのでしょうか。世界のすべてが苦しみでありすべてには原因があり、同じことを繰り返す。アメリカ大陸に渡った白人、インディアンに明け渡した土地、仮想世界の新大陸……歴史を繰り返す構造とインディアンの青年がもたらす仏教の教えがマッチしていて不思議な感覚で読みました。

アゴン族は、最も古いスートラの阿含経からきているのでしょうか。

56億7千万年の時を経て人々を救う弥勒菩薩のモチーフもよかったですね。

 

 

全体的に読み応えのある作品ばかりでした。

民俗学×SFという組み合わせにハマってしまいそうです。

 

 

柴田勝家アメリカン・ブッダ』,早川書房,2020年8月。

*1:17頁

山本文緒「自転しながら公転する」

こんにちは!小町です。

 

山本文緒さんの「自転しながら公転する」を読んでいきたいと思います。

恋愛小説は久しぶりです。

作者の山本さんは2021年に58歳の若さで膵臓がんのため亡くなっておりますが、本作品は昨年松本穂香さん主演でドラマ化もされましたね。

悩める女性へ、強く生きていくためのメッセージが込められた作品です。

 

 

 

 

あらすじ

東京から地元にもどり契約社員として働き始めた30代独身の与野都が出会ったのは優しいけれど経済的に不安のある羽島貫一。

一人っ子の都にのしかかる親の介護、結婚、出産、仕事の不安…。20代とは違って現実を突きつけれらる30代、悩める女性が「幸せな生き方」を追い求める恋愛小説です。

 

女性のリアルが詰まっている!

 

20代の頃のキラキラした日々と違って、30代になった途端、周りの友達がだんだんと落ち着き幸せな家庭やキャリアを築いていくのを見て、「自分はどうなんだ」と将来への心配が大きくなっていくものです。

 

この小説の中でも、主人公の都と都の母の視点から、恋愛や仕事、更年期障害まで、女性が一度は突き当たるであろう悩みをよく描いています。

他人と比べて、何も成せていない自分に「このままでいいのか」という不安を抱え、周りがうらやましく感じてしまったり……

 

都は、貫一に惹かれていますが、将来のイメージ持てない経済状況に、この人と結婚できるのだろうかと悩みます。もし結婚しないなら、次の恋愛に進まないとタイムリミットもある……これは女性特有の悩みかもしれません。

 

「(中略)でもこれは絵里が自分の望みを明確にして努力して手に入れたもので、棚ぼたじゃないんだよね。(中略)私は何もしないで、いいな~って思っているだけで、本気でそうなりたいってわけじゃないんだと思う」*1

 

幸せになるためには、すべて求めてはいられないものです。

自分の本当の望みは何か、自分と向き合うことが大切です。

 

母娘の視点

 

物語は主人公の都と、母親の桃枝に視点が切り替わって進んでいきます。

同じ女性でも、お互いが考えていることは違い、それぞれの悩みや人生にスポットが当たります。二人の関係性やその描写、視点が切り替わることによって、立場や年齢を超えて読者が共感できるところがあると思います。

また単行本化の際に、エピローグとプロローグが加筆されたそうで、これがいいミスリードになっており、違う女性の生き方を見せてくれるものにもなっています。

 

ぶっちゃけ、序盤の主人公には共感よりも苛立ちを覚えました(笑)

すべてにおいて他力本願。正社員になりたいけど責任は持ちたくない、好きな人といたいけれどお金に困りたくない、家族の問題にも中途半端な向き合い方でした。

でも、20代はこれでもなんとなく生きていけたんですよね。

 

人生をうまく回すには、自分のことを一生懸命やるしかなくて、そうするとおのずと良いほうへ、自分の周りの環境も回っていくものです。

タイトルの「自転しながら公転する」というのを私はそうとらえました。

(ほかの方の感想を見てみると、自分のことをしながら社会を回していくという感じで意味づけしている方もいて、いずれにしても読んだ人の心に残るタイトルなのは間違いないでしょう。)

 

仕事との向き合い方を変えた都は、よく回りが見えるようになり、変化も訪れました。

 

幸せになる覚悟

 

個人的に刺さった言葉はこれです。

「明日死んでも悔いがないように、百歳まで生きても大丈夫なように、どっちも頑張らないといけないんだよ!」*2

 

災害や疫病、事故でいつ死ぬかわからないと言いつつ、医療が進んだ現在は人生100年時代。お金や健康、美容、住まい、なんでも備えが必要です。

将来に重きを置きすぎて今を楽しめないのも、今はしゃぎすぎて将来苦労するのも、どっちも避けたい。バランスが難しいですし、人それぞれ合った配分も違ってくるので誰かの真似をしても完璧ではないかもしれません。

人生の悩みはすべてこれに尽きると思いました。

 

人生を決めるのは、つかみたいものを選択して前に進む覚悟だけです。

自分の幸せに向けて、今日もぐるぐる回っていこうと思います。

 

 

≪合わせて読みたい本≫

作中でも登場しましたが都(お宮)と貫一といえば、尾崎紅葉金色夜叉』です。

テーマは「愛か金か」、みなさんならどれを選ぶでしょうか。

 

 

 

 

山本文緒『自転しながら公転する』,新潮社,2020年9月.

 

*1:267頁

*2:461頁