読書の種を育てるブログ

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辻村深月「ぼくのメジャースプーン」

 

こんにちは!小町です。

 

辻村深月さんの作品は、はじめて読みます。

「ぼくのメジャースプーン」、主人公が小学生なのに哲学書かなと思うほど重厚な内容。文庫版で500ページ超のボリュームです。

途中苦しくなる部分もあり、自分自身と向き合う読書になりました。

 

 

 

あらすじ

ある日、学校で大事に飼っていたウサギが殺されてしまった。「ぼく」の幼なじみ「ふみちゃん」はそのショックで心を閉ざしてしまう。元のふみちゃんに戻ってほしい「ぼく」は犯人と戦うことを決め、自分と同じ能力をもつ「先生」のところへ通うことに。7日間の後、「ぼく」が出した答えは……。

 

「ぼく」の能力

前提として主人公の「ぼく」には特別な力があります。

「先生」曰く、「条件ゲーム提示能力」です。これが結構難しい。

 

「Aという条件をクリアできなければ、Bという結果が起こる」

という言葉を、意志を持って発することで、強制的に相手をゲームに参加させることができるというものです。

「この場で踊りなさい。そうしないとあなたは骨折する」とかですかね?

 

制約も多いようで、例えば、第三者が関わる結果は提示されてもゲームは始まらない、一度能力をかけた相手には二度と使えないなど。

相手が怖がるBの結果でなければAの条件を満たそうと動かないこともそうですし、どういう条件と結果で相手を縛り、動かすかということが大事になる能力のようです。

ジョジョスタンド能力みたいw)

 

「ぼく」はこの力をつかって、ふみちゃんを傷つけた犯人に復讐しようとします。

殺したいわけではないようですが、犯人の判決が器物損壊罪で軽いものだったことが納得できないと思ったのです。

 

同じ力を持っている秋山先生に学びながら、この犯人に相応しい罰は何かということを考えていきます。

 

罪と罰、復讐とは何かを考える

犯人が反省し、罪をしっかり償ったと思えるにはどうしたらいいのか。

先生との禅問答のような会話のなかで、「ぼく」は気持ちや倫理観、罪や罰についても考えることになります。それは我々読者にも投げかけられた命題です。

 

もし自分がひどいことをされたら、大切な人が傷つけられたら、相手に対してどのように行動するか。

いかにすれば復讐できたと思うのか。

 

先生はここで3人の友人たちの回答を例に出します。

相手と友達になり知ってから復讐するか決める、忘れるよう努力する、相手を同じ目に遭わせるなど。いろいろな考え方に納得したり、しなかったり。

 

罪に相応しい罰って何でしょう。

刑罰の歴史を持ち出しながら話は続きます。

 

自分と他人は違う価値観だから、同じことを返してもなんとも思わないことだってあるでしょう。

「悪いこと」だと感じる尺度しかり、「正しいこと」の尺度だって違うはず。

 

「正しいとか正しくないとか、はっきりした答えのある問題ではありませんよ。正しいと思えば全て正しいし、間違っているというなら、はじめから全てが間違っています」(中略)「ただ、その答えにあなた自身が納得できるかどうか。そこは大事です。(後略)」*1

 

個人的に、ジーンときたのは、ここです。

 

「(前略)自分のために怒り狂って、誰かが大声を上げて泣いてくれる。必死になって間違ったことをしてくれる誰かがいることを知って欲しい。その気持ちは必ず届くと信じているそうです。

 彼によれば、どうしようもなく最低な犯人に馬鹿にされたという事実は、自分のために一生懸命になった人間がいること、自分がそれぐらい誰かにとってかけがえのない存在であることを思い出すことでしか消せないんだそうです。(後略)」*2

 

その通りかも。

誰かを救うとは世間的な正しさとイコールにはできないこともあります。

 

悪意について

理不尽な悪意にさらされた時、その悪意をあなたは子供に説明できますか。

その悪意にどう立ち向かうべきでしょうか。

大人でも難しい問題に向き合っていく「先生」と「ぼく」です。

 

最後に、「ぼく」が出した答えには、色々思うところはあります。

でもこれが、彼なりの精一杯でした。

 

人間は自分のためにしか泣けないそうです。

「ぼく」はふみちゃんのためなんかじゃない、自分が許せなくて、つらくて、泣いたんですよね。

 

サンタはいないとクラスメイトに言われ、ずっと否定してきたのに、最後には周りに負けて、いないと認めてしまった時みたいに。

 

作品全体を通して、

立ち向かうべき悪意はありながら、

その立ち向かおうとする姿勢が、正しいとか正しくないとかじゃなくて、

そんな自分でもいいんだよ、と言われているような感覚でした。

心の柔らかい部分に触れるような物語だなと思います。

 

メジャースプーン……正しい分量をはかり取る道具です。

 

「正しいこと」は人それぞれ異なるかもしれない。けれど、道具の使い方を知って、配分を試したり、考えてみることは、大事です。

 

さじ加減は人によって違っても、

失敗しながらおいしいお菓子が作れるように、

人との関係も試行錯誤していくものかもしれません。

 

 

 

余談。

辻村さんの作品には同じ登場人物が出てくるようで、読む順番間違えました(笑)

他のも追って読んでいきたいと思います!

 

 

 

 

辻村深月『ぼくのメジャースプーン』,講談社,2006年4月。(文庫版『ぼくのメジャースプーン』,講談社,2009年4月。ここでは文庫版を使用)

 

*1:273頁

*2:315頁